『ピーターパン』 (ウォルト・ディズニー 1953年)


今年4月のパック(=復活祭)はディノの育ったノルマンディーの家で、義弟2人と合流して4人(+お腹に1人)で過ごしました。

この家にはなぜか古き良き時代のディズニー映画ビデオがたくさんあるので、今回はディノと私の希望で『ピーターパン』を鑑賞する事に!








そういえば日本の実家に、母が幼い頃読んだという『世界文学全集』のうちの数冊があって、それで『ピーターパン』も読んだ事がある。

うろ覚えなものの、原作の結末がこの映画とはちょっと違っていたのはかろうじて思い出せた。

やっぱりここは色々な意味で制限のある映画の宿命で、あの分かりにくさを端的に表現するために簡略化されている部分がかなりあるみたい。

原作を読んだ時にピーターパンという人物やネバーランドの定義がかなり捉えにくかった記憶があって、アニメーション映画ならその辺を分かりやすく噛み砕いてくれているかもと期待して観たけれど、ややこしそうなところが省略されているものの、やっぱりどうも分からなかった。








映画を観て「そういえばこういうお話だったかも」と思いつつもびっくりしたのは、ネバーランドに着いたウェンディが「お母さん」の役割を果たそうとするところかな。

てっきり、ウェンディも大人になるのが嫌なのだと思っていたら・・・あらあらあら。

何だかいまひとつ納得できないものの、自分もこれから母親になろうとしているところなのでタイムリーだったかもしれない???








そして・・・タイムリーと言えば・・・半世紀以上子どもの様に自由に生きていた、ある意味ピーターパンの様だったかもしれないディノも、もうじき父親になる訳で・・・本人が恐れている通り、これからはたくさんの果たすべき「責任」や「義務」を背負う事になる。

ピーターパンは永遠にピーターパンのままだったけど、ディノは頑張ってパパとして成長してね!(偉そうな私・・。)

ま、好みや行動のあちらこちらに子どもじみたところがあるものの、無責任な若者とか大嫌いみたいだし、頭はすでに頑固おやじだから大丈夫かな???








夜中の1時を回ってから観だしたせいかもしれないけれどどうも分かりにくく、理屈家の私にとっては釈然としないところのある作品でした。

ディノもいまひとつの反応だったのに・・・「生まれてくる子と一緒に観るんだ!」と言ってパリまで持ち帰ってきたディズニービデオの中には意外や意外、この『ピーターパン』も含まれていました。

でも彼が1番気に入っているのは今のところ『白雪姫』みたい。

あれは、名作中の名作だもんね♪


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